一部上場くされ屋稼業

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    嫌われたくない人だっただけ。 09:35
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      為末大さんのTweetより

      おはようございます。今日は【取引の謙虚】について


      謙虚だったり感謝だったりという姿勢は、大事だなと僕も思うのだけれど、でも実は本質的にそういう姿勢になるというのはとても難しいと思う。ほとんどの場合、これらは取引の手段として使われていて、たぶん手段で使っている間は本質的な所に行き着かない。


      謙虚でいれば愛される。感謝すればいい人だと思われる。ひっくり返すと愛される為に謙虚になっている。こういう感覚が強い人は取引が成り立たない場面、例えばどうでもいいと思っている相手の前では全く謙虚でなくなるし、感謝を示さなくなる。


      全てに感謝したいと言いながら、人間相手にしか感謝していない人もいる。感謝の対象や謙虚の対象を決めている時点で、実はそこにジャッジがあり、何に感謝すべきかを選んでいる自分がいる。多くの場合謙虚でいたいのではなく、謙虚でいた方が都合がいいから謙虚でいる。



      なぜ謙虚でいたいのかを自分に徹底的に問いつめると、そうである事で何かを得ようとしている自分がいたりする。謙虚でいるとはその自分との対峙。謙虚ではなく、嫌われたくない。感謝ではなく、構ってほしい。その感情をちゃんと認識してどう消化するか。


      そういう問いがあり、自分の浅はかさを眺めて、人間はしょうもないなあと感じている人の方が僕は謙虚を感じる。取引の謙虚と感謝は、自分がいい事をしているに違いないという独善がある。所詮取引でしかないんだと認識している人の方が謙虚と感謝を感じる



      【終わり】たぶん本質的に謙虚な感覚には、今自分が見ている風景は自分がそうだと思い込んでいるに過ぎないという疑いがあると思う。自分は正しいかどうかわからない。謙虚は自分で自分を疑い続けて初めて成り立つと僕は思う。




      なるほど。。。

      それまではとても謙虚で優しい態度で接してくれていた人が

      急に、謙虚ではなく、自分勝手な横柄な態度で来た時と言うのは

      もう、嫌われてもいい、

      どうでもいい人に私が成り下がったのだろう。

      そしてその人は

      本当に謙虚で優しい人では無く、

      嫌われないための取引の手段としての謙虚さを持って接してくれていただけ。

      本当に大切な人ではなく、

      ただ、嫌われたくなかっただけだったことに

      気がついてしまっただけなんだろう。



      本当に人間はしょうもない。


      私もしょうもない。




      嫌われてもいいって思った相手にでも


      こんな態度をとれるものなのか?


      と、未だに理解が出来ない


      バカでアホなしょうもない自分。


      でも、いつか理解してしまうのも怖い。










      | 徒然。 | comments(0) | - | posted by non -
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